ソーシャルイノベーションとは
遠くから、ドラムを叩く 微かな音が聞こえてきます。
極めて聴覚が敏感な人たちには、その音がはっきりと聞こえます。
また、聞こえるような気がしても、そんな和を乱すような音は聞きたくないという心理的否定から、聞こえないと思い込む人たちもいます。
しかし、並外れた聴覚を持ち、真実から目を逸らさない勇気ある人は、その音がまだ微かなうちに、その音がもっと大きくなった時に、どんなダメージがもたらされるかを想像し、すでにその解決策を考え、準備を始めています。
音が次第に大きくなり、誰もに聞こえるくらいになった時、地道に磨きをかけてきた対策が功を奏し始めるのです。ASHOKAは、このような人たちを世界中で見つけ出し、42年前から強力なネットワークを構築してきました。
そして、ASHOKA創設者のビル・ドレイトン(Bill Drayton)と、彼のチームは特別なインタビュー手法を編み出しました。それは、 まだ、誰にも聞こえる「耳が張り裂ける」ほどの音量になっていないうちに、その音の歪みを正す解決策を練っている個人を見つけ出し、その人の「パターン(傾向の定型)」と、過去から現在にいたるまでの社会にある「パターン(傾向の定型)」を見つけ、分析することによって、その人が、これから先にどれほどのインパクトを出しうるかを測る手法です。
平均10~15時間にわたる面接を通過し、ASHOKA フェローの認証を受けた社会起業家は、2021年1月の時点で世界90カ国に約3800人います。このうち90%の取り組みが、政府や他のNGOに模倣されることによって、変革はさらに拡大し、59%が、政府の予算分配の決定に直接の影響を及ぼし、31%は、一つの国を超えて、全世界の基準を定めるまでのインパクトを生んでいます。いつしか、彼らASHOKA フェローはソーシャルイノべーター(社会を刷新する人)と呼ばれるようになりました。
ひとつ例を挙げましょう。
カナダで5歳から15歳の子どもを対象に「エンパシー(empathy)」つまり、「他者の心に自分の心を重ねて、その人の気持ちを想像する」という能力を、高める教育プログラムを開発した代表的なASHOKAフェロー、つまりソーシャルイノベーターがいます。「感情の塊」である生まれて間もない赤ちゃんは、言葉が話せないため、泣き声や表情で気持ちを表現します。子どもたちが赤ちゃんの気持ちを知ろうとします。
インストラクターは、赤ちゃんが何を考え、何を感じているかを言葉を使って表現するように導きます。この1年間の経験学習によって、子どもたちが、自分の心の内を見つめるというスキルを身につけます。そして、自分の気持ちを突き止め、言葉で表現するという能力が育つと、クラスメートの感じていることが、解るようになり、その結果、暴力やいじめが減っていくのです。
27年前に考案されたこの教育プログラム「ルーツ・オブ・エンパシー(Roots of Empathy)」は、カナダの他、アイルランド、英国、ドイツ、ノルウェー、スイス、オランダ、韓国などに広がり、これまでに参加した子どもたちの数は、100万人を超えました。
人と人の繋がりが薄れ、孤独感が広がる今の時代、切実に求められている栄養剤は、エンパシーという能力であるとの気づきがいたるところに浸透し始めているのです。2020年秋に、北南米やヨーロッパのオーディエンスを対象にオンラインで開催されたルーツ・オブ・エンパシー創立者メリー・ゴードン(Mary Gordon)の講演に申し込んだ50万人という桁外れの人数が、この切実な声を反映しているのです。
ソーシャルイノベーションは、経済格差や人種を超えて、地球上のすべての人々が幸福感を味わえる世界にするために、私たち一人一人に何ができるかを問いかけることから始まります。じっと目を閉じて、自分とは違う環境にいる人たちの心に自分の心を重ねるという、エンパシー能力を伸ばすエクササイズから始まるのです。
渡邊奈々 Nana Watanabe
Founder and Chairperson ASHOKA Japan
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